大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂

【重要文化財】
株式仲買人岩本栄之助の寄付をもとに建設。指名設計コンペが実施され、岡田信一郎の当選案をベースに、辰野片岡建築事務所が実施設計をおこなった。ネオ・ルネッサンス様式の大阪を代表する近代建築。2002年に耐震補強と保存再生工事が完了。創建時のデザインに復元され、屋根の上には商業の神メルキュールと科学・工芸の神ミネルバの像も再現された。

栴檀木橋

栴檀木橋

豪商の屋敷が建ち並ぶ北浜と、諸藩の蔵屋敷のある中之島との連絡のために架けられた橋で、この橋筋に栴檀の大木があったことが名前の由来とされている。中之島図書館や中央公会堂など歴史的建築物との調和を重視したデザインで、橋詰に由来を伝える碑や大正時代の親柱、先代の橋の橋名板、栴檀の木のレリーフなどが展示されている。

吉田理容所

吉田理容所

1930(昭和5)年に開業した老舗理髪店。三休橋筋の北端付近に建てられた長屋の 1軒。竣工当時の姿を残しており、屋根瓦や箱軒、1階外壁のタイル張りなどに、昭和初期の建物の特徴を見ることができる。玄関回りのデザインからはモダンさが伝わってくる。2代目吉田金吾さんが経営する店内には現在も開業当時のドイツ製の大きな鏡が並ぶ。

旧緒方洪庵住宅[適塾]

旧緒方洪庵住宅[適塾]

【重要文化財】
竣工:1792(寛政4年)頃
幕末の医師・蘭学者であった緒方洪庵が開いた蘭学の私塾で、福沢諭吉、大村益次郎、佐野常民など幕末から明治にかけて日本の近代化に貢献した多くの人物を育てた。建物は、1980(昭和55)年におおむね洪庵居住当時の姿に復元されている。蘭学発展の拠点となった歴史を伝えるだけでなく江戸末期の大阪の船場町屋の遺構としても貴重なものである。

大阪市立愛珠幼稚園

大阪市立愛珠幼稚園

【重要文化財】
※現在も大阪市立幼稚園として運営されているため非公開

設計:大阪府技手・中村竹松竣工:1901(明治34)年
船場北部町会により1880(明治13)年に設立され、1901(明治34)年に現在の敷地に移転。築後120年以上経ってもなお現役の木造園舎は日本最古である。御殿風といわれる建築は極めて質が高く、創設者である船場の人びとの子弟教育にかける心意気を伝えるものである。

グランサンクタス淀屋橋

グランサンクタス淀屋橋

設計:辰野片岡建築事務所/(改修)國枝博/(建替)IAO竹田設計
竣工:1918(大正7)年/(改修)1929(昭和4)年/(建替)2013(平成25)年
もとは旧大阪農工銀行の建物。三休橋筋の拡 幅(軒切り)により、建物東側の一部を切り取り全面的な改装がおこなわれ、繊細で濃密なアラベスク模様のテラコッタの外観に一新された。長いあいだ八木通商本社として活用されてきたが、マンションへの建替えに際して、外壁を曳家工法で移動させて活用している。

旧日本教育生命保険ビル(高麗橋ビルディング)

旧日本教育生命保険ビル(高麗橋ビルディング)

設計:辰野片岡建築事務所竣工:1912(明治45)年
日本教育生命保険本社として建築され、長らく証券会社として利用されていた。その後レストランや結婚式場としても利用されたが、現時点では閉鎖されている。船場に残る数少ない赤煉瓦建築で、「辰野式」と言われる、赤煉瓦に白御影石で水平ボーダーをひくデザインに特徴がある。明治時代後期の風格ある外観を維持する貴重な建物である。

日本基督教団 浪花教会

日本基督教団 浪花教会

※平日の内部見学は要お問い合わせ
設計:石川純一郎(竹中工務店)設計指導:ヴォーリズ建築事務所竣工:1930(昭和5)年
日本基督教団浪花教会は1877(明治10)年、日本で最初の海外からの援助を受けない自給教会として設立。現在の教会は大丸心斎橋店などの作品があるウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計指導によるもので、大きなアーチ窓のステンドグラスが印象的なゴシックスタイルの建物。パイプオルガンがあり、毎週日曜に礼拝がおこなわれている。

船場ビルディング

船場ビルディング

【登録有形文化財】
設計:村上徹一
竣工:1925(大正14)年
「大大阪」と呼ばれる経済的繁栄と都市計画の進行を背景として、三休橋筋拡張を機に竣工。オフィスと住宅をあわせもつユニークなビルとして注目を集めた。大阪では初の水洗トイレや壁掛け式暖房器など当時としては超モダンだった。外観はシンプルなデザインだが、中央に明るい中庭があり、その周囲に回廊を巡らした特色ある造りとなっている。

勝海舟寓居・海軍塾(専称寺)跡」の碑

勝海舟寓居・海軍塾(専称寺)跡」の碑

勝海舟が、能力のある人材の発掘・海軍士官の養成を目指し、大坂の寓居先である専稱寺に開いた海軍塾。塾生には坂本龍馬もいた。この場所は、1864(元治元)年、勝海舟と西郷隆盛がはじめて会見した場所でもある。1863(文久3)年、勝海舟は神戸海軍操練所の開所準備のため神戸に移り、私塾も大坂から神戸の海舟邸に移された。

綿業会館

綿業会館

【重要文化財】
※会員制倶楽部のため入館できません
設計:渡辺節(村野藤吾も参画)竣工:1931(昭和6)年
岡常夫(当時、東洋紡績(株)専務取締役)の遺贈金と業界からの寄付を基金に「日本の綿業の進歩発展」を目的として建設。鉄製の玄関扉、石積みアーチ窓、窓手すりなどの装飾が特徴的で、内部は部屋ごとに異なる様式を採用している。繊維のまち大阪を象徴するビルで、三休橋筋のランドマーク的存在。

レリーフ「生まれ出づる喜び」

レリーフ「生まれ出づる喜び」

1956(昭和31)年、丸紅の旧大阪本社ビルが増築された時に、ビルの壁面に設けられた。彫刻家古賀忠雄氏の手によるもの。 1984(昭和59)年に新ビルヘの建替えの際、壁ごと切り取って公開空地の一角に保存設置された。その後丸紅は移転し、現在メットライフ本町スクエアとなっている。

船場センタービル

船場センタービル

設計:大阪市建築局/設計協力:日建設計、大建設計
竣工:1970(昭和45)年
高速道路と商店街と地下鉄の構造物が一体で建設されたビル。ビルの上に高速道路を走らせたことは国際的にも注目を集めた。商業の中心地として栄えた船場地区に高速道路を通すにあたって、ビルを建築しその上に道路を構築するというアイデアで商業者の移転先を確保。1号館から10号館まで東西約930mに達する。

原田産業大阪本社ビル

原田産業大阪本社ビル

【登録有形文化財】
設計:小笠原祥光
竣工:1928(昭和3)年
船場に典型的な間口の狭い敷地に建つ2階建ての洋館。古典的な左右対称をわざと崩した重厚なエントランスが目を引き、正面の大きな縦長の窓やバルコニー、窓枠の簡素化されつつも細部にこだわった装飾が美しく、小規模ながら存在感を発揮している建築。建設当初から本社ビルとして大切に使い続けてられている。

大阪農林会館ビル

大阪農林会館ビル

【登録有形文化財】
設計:三菱地所営繕課竣工:1930(昭和5)年
三菱商事大阪支店として建築。1949(昭和 24)年、株式会社大阪農林会館に売却され、食糧統制などを担う事務所が入居していたが、徐々に一般的なテナントビルへと変化。2000年代から、スタイリッシュなショップが出店しだし、南船場を代表するおしゃれスポットとなった。界隈に残る数少ない戦前建築でレトロな雰囲気が残っている。

三休橋交差点(三休橋跡)

三休橋は貞享年間(1684~1688)以前に架けられた橋だが、長堀川に架かる長堀橋、中橋、心斎橋の交通量を分担させて三橋を休ませることから名付けられたという。明治以降、多くの橋が鉄橋に架け替えられる中、木製橋のまま使用されていた。長く市電の停留所名としても親しまれてきたが、1962(昭和37)年の長堀川の埋め立てとともに姿を消した。