船場・三休橋筋の上方焼きうなぎの店「本家 柴藤」は、江戸中期、享保年間(1716〜1736年)の創業で、300年以上の歴史を持つ老舗店です。土佐堀川の屋形船にはじまり、三休橋筋に移ったのは1990(平成2)年のこと。
かつての常連客にはNHK連続テレビ小説“ブギウギ”の登場人物のモデルとなっている作曲家・服部良一さんがおられ、メニューの一つの「うなぎ鍋」は服部さんのリクエストがきっかけではじめられたそうです。
柴藤滋子さんは、1970(昭和45)年に14代目店主の柴藤昇孝さんの妻として「柴藤」に入り、息子の成利さんが15代目店主となった現在も、女将としてお店を元気に切り盛りしています。

「三休橋筋との出会い」
土佐堀川の屋形船で創業

創業は享保年間(1716〜1736年)、徳川吉宗公から屋形船をいただいて川魚商をはじめたことにさかのぼります。長く、淀屋橋南詰の美津濃さんの前あたりで屋形船と建屋で商売していました。地下鉄御堂筋線建設の時に移転することになり、対岸の日本銀行大阪支店の南側に移転して、屋形船と川沿いの建屋で商売を続けていました。
私は1970(昭和45)年に「柴藤」へ嫁いできました。1990(平成2)年の花博の時に大阪市から移転を要請され、土地を売却して現在の三休橋筋沿いに移りました。移転当初は「大丈夫かなぁ」と心配でしたが、今は順調です。商売としては、バブルの頃からうなぎがスーパーマーケットでも売られるようになったことと、今回のコロナ禍の二つが大きかったのですが、迷惑をかけずに今日までやってこれました。感謝の気持ちでいっぱいです。三休橋筋がきれいになったことも好影響でした。

「三休橋筋の魅力」
三休橋筋のプロムナード整備は100点満点の200点!

ここはいいお客さんが多いし、まちの雰囲気もいいです。毎日、店の前に水まきをしていて、玄関に虹がさすんですよ。店の前もきれいにしていて、花を植えて「柴藤造園」と呼んでいます(笑)。三休橋筋周辺にグランサンクタスなどの高層マンションやホテルができて、住む人も増え、犬の散歩もよく見かけるようになりました。また、クチコミで広がったみたいで外国人観光客も増えています。何といっても三休橋筋がきれいになったことに大満足しています。100点満点の200点だと思いますよ。透水性舗装になったので、水たまりができないのも気に入っています。

「三休橋筋の未来」
愛着のあるこの場所に居続けたい

町会長さんや「船場倶楽部」の方々には大変お世話になっています。お店としてもイベントなどのまちづくり活動には積極的に参加し、チラシの配布などでも協力させてもらっています。「船場のおひなまつり」や「船場博覧会」には参加していますし、今後もまちづくりに協力して、よりにぎわいのある船場・三休橋筋になればいいなあと思っています。
お店は長男が15代目店主として調理を担当しています。主人は総務経理を担当し、長女が手伝ってくれて、二女の主人も今は正社員として働いてもらっています。ホール係が8人いてみんないい子ばかりです。2023年9月から営業時間を短縮し、10時30分から18時までの通し営業に変えて、夜の営業をなくしました。従業員は喜んでいますよ。
私自身は京町堀に住んでいて、毎日自転車で通っています。北浜プラザにあるスポーツクラブの会員になっていて、お店が終わってからお風呂をよく利用しています。三休橋筋をちょっと北へ行った日生今橋ビルの地下にある喫茶店「たちばな」さんは、美味しくて接客に愛情があって、本もたくさんあるのでお気に入りの場所なんです。毎日、家→お店の準備→喫茶店→お店の営業→お風呂→家という感じで、都心ライフを満喫しています!(笑)
新しいビルやタワーマンションが建設され、いいお客さんがますます増えています。愛着のあるこの三休橋筋で、これからもずっとお店を続けられたらと思っています。

「15代目」が記されたのれんと柴藤さんオリジナルTシャツ

「本家柴藤」さんのホームページはこちら
http://www.shibato.net/